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はざま神経内科・内科医院

  HAZAMA CLINIC of NEUROLOGY & INTERNAL MEDICINE

内科 神経内科 / プライマリケア 産業医

神経疾患と遺伝

本編は平成20年9月14〜15日長崎県ブリックホールで開催された第22回日本臨床内科医学会で学会長講演を整理、要約したものです。

はじめに

 かつてアメリカの遺伝学者バーバラ・マクリントック博士の「遺伝子は動く」説が発表されたとき、当時の学会は殆ど耳を貸す人がいなかったときいてる。遺伝子は安定した状態で存在するというのがごく最近までの定説であったためである。しかし、今日、マクリントック博士の説は真実であることが証明されており、この仮説により同博士は1983年ノーベル賞を受賞した。
 ヒト遺伝子においても不安定な状態で存在する遺伝子が見つかっており、遺伝性疾患を発病することがわかってきた。特にこの分野においては神経内科学的疾患が先鞭を付けていると言っても過言ではない。anticipationは遺伝学上、バイアスとして否定された現象であったが、不安定遺伝子の発見により、anticipationが現実のものとして証明されつつある。

 神経疾患の中でも難病中の難病といわれている筋ジストロフィー症における遺伝発症のメカニズムと、新しい概念を提供している遺伝性失調症の2つの疾患に絞って臨床遺伝学上の問題点をのべる。

1.分子遺伝学の歴史
 鎌形赤血球症は分子遺伝学上はじめてpoint mutationを証明した疾患であり記念すべき疾患であり、概略を紹介する。
 このmutationはHbβ鎖DNAにおいて6番目のアミノ酸glu→val(塩基配列GAG→GUGに変化)と突然変異が生じたために鎌形赤血球や貧血を生じたものである事が判明した1)
 その後、多くのpoint mutationで起こる疾患が見つかっており、1例としてLesch-Nyhan syndromeではhypoxantine-guanine phosphoribosyl transferase(HPRT)をコードするDNA上でarg→glyへpoint mutationを起こした結果であることが発見された2)

2.dystrophynopathies3) 
Duchenne型筋ジストロフィー症(DMD)が筋膜構成蛋白dystrophinの構造異常が発見され、現在では次の3つのタイプに分類されている。
1.Duchenne type, 2.Becker type, 3.famale carrier
Duchenne 型はもっとも悪性で、筋表面膜のdystrophinは欠損する。それに対し、Decker型は良性で進行も遅く、筋表面膜のdystrophinは部分欠損にとどまる。female carrierはDuchenne型の母親で、通常無症状である。
1)female carrierの発症のメカニズム
 私が最初に遺伝に興味を持ったきっかけは、筋ジストロフィー症を発症した一人の少女との出会いである。この症例について簡単に述べる4)
 症例(図1)は7歳の女児で、症例以外はすべて男児に発病。家系図上性染色劣性遺伝であり、臨床症状、生科学(CPK 2488U)、ともにDMDと区別できなかったが染色体46XXであった。
 DMDは性染色体劣性遺伝で発病は男児のみに限られ、本症例は家系図、臨床症状、筋生化学検査共にDuchenne型と一致しており、唯一違う点は女性であることである。
female Duchenne 家族歴
図1)Duchenne型ジストロフイーを示した女性例の仮性肥大した腓腹筋
とその家系図(文献4)より)
 carrierとして極々希に発病することがあり、その理由としてLyonの仮説を引用し、正常対立遺伝子の不活性化(inactivation)として説明されている。この女性例はcarriarにみられる対立遺伝子の不活化が100%におよんでいると考えられた。現在の分子遺伝学のテクニックがあったならば、この症例におけるdystrophinの有無、ひいては性染色体遺伝における女性発症のメカニズムが解明されたかもしれない。
2)DMD3) の遺伝について
 DMDは性染色体劣性遺伝で進行性に骨格筋が破壊していく疾患であることは周知の事実であったが、長い間原因は不明であった。1980年代後半になりdystrophinの発見によってこの疾患の病因が解明されるようになった。
 dystrophinは筋膜の構成蛋白の1つで、遺伝子上80近いexonより構成、生体内ではもっとも大きな遺伝子で2番目の蛋白の10倍以上ともいわれる巨大な遺伝子である。筋肉、心筋、脳など組織をコード するdystrophin geneは少なくとも8種以上が存在するとされ、そのうち骨格筋を支配するgeneは最も大きな蛋白遺伝子である。この大きな遺伝子であるが故に遺伝子治療を困難にしている原因の1つとなっているともいわれてる。
3)dystrophin の筋組織学的検査
 dystrophin蛋白を抗原として筋肉を免疫染色すると、正常筋では表面膜が染色されるが、DMDでは全く染色されず欠損する(図3)。
筋生検
図3) A.Duchenne型初期の筋組織像、B.進行した組織像。
     下段:Dystrophinの免疫染色;C.Duchenne型では全く染色されない。D.正常コントロールでは筋表面にDystrophinが染色される(文献3)より)

 Becker型筋ジストロフィー症は同一dystrophin 遺伝子の異常でありながら臨床経過はDuchenne型よりも良性な経過をとる。両者の遺伝子上の違いは、この疾患を考える上で興味深い。
 western blot法によるdystrophin 解析では;Duchenne型では完全消失していたのに対しBecker型では不完全ながらdystrophinは残っている。このことが臨床症状の差となって現れていると考えられる。
4)Becker型とDuchenne型におけるdystrophin遺伝子突然変異の相違について
 Duchenne型ではpoint mutationよりもさらに重篤な突然変異であるといわれており、DNA上でのinsertion/deletion、重複、あるいはpoint mutation等が原因としてあげられている。この疾患で特徴的な変異はアミノ酸をコードする3塩基の配列に異常を来すframeshift mutationに起因すると言われている。
 蛋白をコードする塩基配列はアミノ酸を決定する3塩基の倍数となって存在し、開始コドンと終止コドンの間で蛋白として読み取られる。
Duchenne型ではDNAにおいてinsertion/deletionなどにより3塩基構成にずれが生じframeshift mutationを起こした結果、蛋白そのものが作られない重症の遺伝病となる。それに対してBecker型の場合、このframeは保たれるために(in-frame deletion)、dystrophinは完全に欠損することはなく、変異したdystrophin蛋白が作られる。その結果機能は完全ではないが一部の機能は保たれているために臨床上の差となって現れるという3)
 いずれにしても、1個の遺伝子で複数ので異なる遺伝疾患を作り出す遺伝子はこのdystrophin遺伝子以外にほとんど知られていない。その理由はそれほどにDystrophin遺伝子が巨大遺伝子であるからにほかならない。
5)遺伝子治療
 DMDの治療に関しては種々の薬理作用による薬物投与や筋芽細胞等の注入実験系でも十分な成功例はまだない。dystrophy犬での遺伝子組み換えモデルを紹介しておく3)
 dystrophinそのものが巨大遺伝子であるため、そのままでは運搬ウイルス(ベクターウイルス)を使用した組み替えは不可能とされ、さしあたり、ある種の遺伝子操作、nonsense oligonucleotide, あるいはmorpholinoなるchemistryを使用し、Becker型にみられるような分子量の小さなdystrophinを作る試みがなされている。

3.遺伝性失調症
 遺伝性失調症は小脳失調を主病変とする疾患で、複数の遺伝子が関与し、優性および劣性遺伝によっても起こる疾患であり、長い間原因解明が待ち望まれてきた疾患群である。
 1991年 遺伝性失調症を引き起こす遺伝子上でに3塩基が過剰に繰り返さされているとする論文がたまたま異なる2つの研究所から発表された5,6)
それぞれの疾患で遺伝子上の3塩基triplet(またはtrinucleotide) repeatが疾患の発現に関与している事実を証明した最初の論文である。
 今日、このtriplet repeatと関係ある疾患は19疾患が登録されておりtriplet repeat disorders(トリプレットレピート病)と呼称されている7)
1)CAG repeat について
 CAGはglutamineをコードする3塩基で、研究もよくすすみ、 CAG repeat、あるいはpolyglutamine病とも総称され、SCA1, ハンチントン病を始め9疾患が分類されている。
 遺伝性失調症タイプSCA1は第6染色体短腕23(6p23)にあるAtaxin1の突然変異である。正常のAtaxin1はCAG repeatが30個であるのに対し、SCA1では82個のrepeat(expanded Ataxin1)なっておりDNAの塩基配列数は816個から868個へ増加している(図4)。
ataxin
図4)正常のAtaxin1(上段)とSCA1での変異したAtaxin1 (下段)。正常のAtaxin1はCAG(Polyglutamine) repeatが30個であるのに対し、SCA1では82個のrepeat(expanded Ataxin1)なっておりDNAの塩基配列数は816個から868個へ増加している。

2)triplet repeat の細胞毒性について
8) 
 これまでtriplet repeat の細胞毒性については、塩基が繰り返されることにより、蛋白自身に機能が変化していくいわゆるgain-of-functionの考えが主流であったが、さらに蛋白機能が失われていくloss-of-functionがあるらしいことも示されている。
 このRepeatは蛋白を標識するexon上のみならず、蛋白形成のための先導役にしか過ぎないと考えられているintoronにまで及んでおり、これが生態にどのように影響するか今後の問題を残している。
3)臨床上の特徴
 今日発見されているものは3塩基が繰り返すtriplet repeatのほかtetora(4)、penta(5)などが発見されている。
 triplet repeatがみられる疾患は現在19の疾患で見つかっており、多くは常染色体優性の遺伝形式を示している。優性遺伝の場合、同一家系においても世代を経るに従い、発病年齢が若返り、症状が悪化する状態anticipationが信じられてきたが、遺伝学上はバイアスであるとして否定されてきた現象であった。しかし、分子遺伝学的調査では同一家系内でも、世代が若いほど、triplet repeatは増加しており、anticipationに関与していることも示唆されている。

4.まとめ
 神経疾患の中でも難病であるdysrophinopathiesとtriplet repeat disordersについて述べた。
 dystrophinはX染色体短椀上にある巨大な遺伝子で、この遺伝子の突然変異は複数であり、発病する遺伝病も複数にのぼる。その中で悪性のDuchenne型と良性のBecker型の違いは前者がDNA上3塩基配列が崩れた結果(framesift mutation)、dystrophin蛋白は欠損するのに対して、後者では塩基配列は保たれており(in-frame delation)、変異したdystrophinが作られ、不完全ながら機能は保たれる事にあると言われる。
 遺伝性失調症を生じるtriplet repeatは遺伝学的には全く新しい概念であり幾つかの問題を提供している。
優性遺伝疾患に多く見られること、遺伝子は安定したものではなく、世代を経るに従いrepeatが増加し、このことが臨床上のanticipationに関係していることが示唆されている。
 このtriplet repeatがコードする蛋白にどのような影響を与えているか、まだ不明な点が多いが、gain-of-functionとloss-of-functionの両面から検討されている。
 triplet repeatが遺伝子あるいは遺伝病を発現させるメカニズムの解明が進むことにより、そのほかの変性疾患Alzheimer病、Parkinson病あるいはALSなどの難病に対する病因解明への糸口となりうる。

謝辞:当時、アメリカ・Texas大学MD Anderson研究所教授であられた小林龍二先生に深甚なる謝意を表します。この論文の発表、作成に当たり、多くの論文の紹介、訂正をいただきました。




文献
1).Lehmann,H & Huntman,R.G.(1966). Man’s Haemoglobins: North-Holland Publishing Co., Amsterdam.
2). Wilson J.M, Kelley W.N. Molecular basis of ypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase deficiency in a patient with the Lesch-Nyhan syndrome.J Clin Invest.;71(5):1331-5, 1983
3).Hoffman,E,P. in Myopathy in the molecular and genetic basis of neurologic and psychiatric disease, 4th edition edited by Rosenberg, R.N. , et al. 2008
4).Hazama,R., Thujihata,M., et al. Muscular dystrophy in six young girls. Neurology 29:1486-1491, 1979.
5). Fu YH, et al . Varriation of the CGG repeat at the fragile X site results in genetic instability: Cell 67:1047-58, 1991. 
6).La Spada et al. Androgen receptor gene mutations in X-linked spinal and bulbar muscular atrophy. Nature 357:77-79, 1991.
7).Orr,H.T.& Zoghbi,H.Y.:Trinucletide repeat disease. Annu. Rev. Neurozci.,30:575-621, 2007.
8).Lim, J. et al. Opposing effects of polyglutamine expansion on native protein complexes contribute to SCA1. Nature(articles) 452:713-718, 2008.